人に語りたくなる怖い話

趣味で集めた怖い話・怪談のご紹介と、話の理解や語り方について深めていくための分析録を記しております。

第5話『喉が渇いた』- 考察と語り方

寝ている女性
【目次】

 

概要

語り尺  :やや短い(4~5分)

知名度  :非常に有名

難易度  :初級

主な話者 :特になし

本文

 

これはとある女子大生が実際に経験したというお話です。 

 

都内の大学に通うAさんは、大学から電車で数十分のところにある3階建てアパートの2階で1人暮らしをしておりました。

 

夏のある夜、大学の友人であるBさんが家に遊びにきて、そのまま泊まることになったんだそうです。一度お酒やお菓子を買い込むためにコンビニに行った以外は、もうずっと喋りっぱなし。ガールズトークに花を咲かせておりました。

 

時刻でいうと0時を過ぎたあたり、「そろそろ寝ようか」ということでAさんはBさんのためにベッド下のラグの上に客人用の簡易的な布団を敷いて、電気を消しました。明かりこそ消したものの、興奮冷めやらぬ2人はそれからまた2時間程話し続けたんだそうです。

 

ようやくふたりの会話も落ち着いてウトウトしてきた頃、ふいにまたBさんが口を開きました。

 

「喉渇いちゃったんだけど、何かない?」

 

先程購入していたお酒やソフトドリンクはすでに飲み切ってしまっていたので、Aさんはベッドから起き上がり、暗闇の中を手探りで進みながら、自宅の冷蔵庫を開きました。 

 

「えーっと、、お水とお茶、あとは牛乳ならあるよ?」

 

するとBさんは、こう答えました。

 

「コーラがいい」

 

Aさんの冷蔵庫には当然コーラなんてありませんので、何かの間違いかともう一度聞き返しました。ですが答えは変わらず、「コーラがいい」

 

「コーラだったら買いに行くしかないかなぁ」

 

Aさんは自分の役目はここまでとばかりに冷蔵庫を閉め、眠い目を擦りながらベッドへ戻ろうとしました。するとBさんは、「一緒に買いに行こう」と言い出しました。

 

自宅からコンビニまでは5分とかかりませんが、今まさに寝ようという段階でとても買い物に出掛ける気分になれず、「えー…。」と言葉を濁しました。しかし、何故かBさんは「コーラが飲みたい」の一点張りで、一向に諦める様子がありません

 

「お願い、どうしてもコーラが飲みたいの。一緒に買いに行こう?」

 

とうとう根負けしたAさんは「しょうがないなぁ…。」とBさんと部屋を出て鍵を閉めました。

 

するとBさんは突然顔色を変えてAさんの手首をガシッと掴んだかと思うと、1階へと続く階段をダダダダッと駆け下りました

 

Aさんはそのまま、Bさんに手を引かれながら訳もわからず走り続けました。そして、目的のコンビニに到着しました。

 

Aさんはハァハァと息を切らせながら、「急にどうしたの?」とBさんに尋ねました。するとBさんは顔面蒼白な顔つきで携帯を取り出し、どこかへ電話をかけました。そして相手に繋がるや否や、叫ぶように言いました。

 

「警察ですか!?ベッドの下に知らない男がいます…!!」

 

男はその後、通報を受けた警察によって取り押さえられました。調べによるとちょうど二人が一度コンビニに出掛けたタイミングで忍び込んでいたとのこと。つまり、二人が飲んだり食べたり話したりしている間もずっと、ベッドの下に潜んでいたのです

 

男は続けて、「普段から不用心なのは知っていた。襲ってやろうと思って隠れていた。」と話したんだとか。Aさんを付け狙う、ストーカーの犯行でした。

 

男の存在に気付いた友人の機転によって難を逃れたという事件ですが、若い女性のひとり暮らし、鍵のかけ忘れにはくれぐれもご用心ください。

 

前提・豆知識

「ベッドの下」シリーズ

怖い話の類の中で、「お前だ!」シリーズと並ぶ程に有名なお話です。英語で例えるなら「This is a pen.」ぐらいの基礎編になります。「ベッドの下に男」というポイントのみ共通で、設定やオチに様々なバリエーションがあります。大きくは以下の2パターンになるかと思いますが、今回はハッピーエンドバージョンをご紹介いたしました。

  • 男に気づくパターン:友人の機転によって二人とも助かる
  • 男に気づかないパターン:友人がその場を去った後、家主が死亡する(友人には後から知らされる。。)

 分析・考察

お話の構成

「もし〇〇をしてなかったら××になっていた」という怪談によくある構成となっております。反対に「あの時〇〇をしてしまったから××になってしまった」という作りも多く存在します。どちらにしてもフリ→オチの因果関係を軸に話が展開されるので、この軸さえきちんと語ることができれば、難易度の易しい構成と言えるでしょう。

また、この怪談の良いポイントはとにかく想像のしやすさにあります。ひとり暮らしをしたことのある人なら誰でも「何だか不安な夜」を過ごしたことがあるでしょうし、ベッド派なら一度は「何故かベッドの下の隙間に目がいってしまう経験」をしているはずです。このお話は「誰でも想像しやすい背景」「経験したことのある不安・恐怖」を結び付け、「その感情が具象化する形でバケモノが現れる」という怪奇譚の王道的な作りとなっているのです。「真実の中に嘘を混ぜると嘘は疑われない」仕組みに近い効果とも言えるかも知れません。

効果抜群な相手

『人に怪談を語ってみる』の「用意するネタ」の項にて、「語る相手の特性・状況に合わせてネタをセレクトすると良い」とご説明させていただきましたが、こちらのお話は「一人暮らし×女性」に対して非常に有効なお話となります。ただし、あまりにリアリティのある設定のためか有効過ぎて本当に嫌がられる(あるいは嫌われる)可能性もございますので、語り出す際は十分ご注意ください。

人に怪談を語ってみる - 怪談トーク(仮)のススメ -【後編】 - 人に語りたくなる怖い話

恐怖の対象は「人間」

このお話の恐怖の対象は「ベッド下の男=人間」です。男には想像を絶する犯行動機もなければ、襲い掛かってくるような描写もなく、作中の登場人物への危害と言えば、ただ忍び込んだだけ。怪談と呼ぶにはもしかすると少し弱いのかも知れません。

男の侵入を許してしまった理由も「鍵のかけ忘れ」というたったそれだけ。ピッキングやベランダをよじ登る等の大袈裟な行動・技能はありません。

ですがこのような、脚色を感じるような襲撃シーンが無いことや、冒頭でお話した「○○さえなければ」が実に些細なミスに設定されることが、このお話の「誰にでも起きうる、違和感のないリアルさ」を突き詰めることに奏功しているのです。

 

語る際のポイント

語り出しの際に、「この中で一人暮らしをしている人はいますか?」の問いから始めると掴みとして良いと思います。一人暮らしをしている人がいれば一気に自分事化させることができます。また、「鍵のかけ忘れには~」を最後に沿えることによって「あれ、ちゃんと鍵閉めたっけ…?」と不安を煽ることができたり、帰宅時に鍵を開ける際この話を頭に過らせる(可能性がある)など、追加効果を与えることができますので忘れずに実践したいところです。(ただ単純にオチが決まってそれっぽくなるという利点もあります。)

最後に、『第4話 作り話』でもお伝えしましたが、非常に知名度のある怪談なのでレパートリーに加える際は十分な予習を行ってください。

第4話『作り話』- 考察と語り方