人に語りたくなる怖い話

趣味で集めた怖い話・怪談のご紹介と、話の理解や語り方について深めていくための分析録を記しております。

第3話『ワンルームの大女』- 考察と語り方

怖いワンルーム

【目次】

 

概要

語り尺  :平均的(6~7分)

知名度  :筆者の知人が体験したお話

難易度  :初級~中級

主な話者 :六穴

 

本文

 

このお話は、筆者の知人が大学時代に体験したという実話怪談です。仮に彼の名を「A君」として話を進めましょう。

 

A君には学部もサークルも同じでよく行動を共にしていたB君という友人がいました。B君は大学の最寄り駅からやや歩いたところに1人暮らしをしており、A君も含めた仲間うちでの溜まり場になっていたのだそうです。

 

大学3年生になった春、A君とB君が中心となってサークルの新歓コンパが開かれました。その飲み会では、A君B君のコンビと仲の良い2年生C君、新入生の女子2名DさんとEさんの計5名が同じテーブルにつきました。そのテーブルのメンバーは普段から仲良いA君B君C君が揃っていたこともあり、他のテーブルと比べても大いに盛り上がり、1年生の2人もとても打ち解けることができたのだそうです。

 

楽しい時間はあっという間で1次会はお開き。終電で帰る人、朝まで飲みたい人、カラオケに行きたい人など各グループや学年がバラバラと行動し始めたころ、後輩のC君がある提案をしてきました。

 

「Bさんの家、ここからめっちゃ近いですよね!宅飲みしましょうよ!」

 

A君とB君はもちろんのこと、1年生2人もまんざらでもないリアクションで、むしろ初めて聞く「宅飲み」という響きにわくわくしてすらいました。

 

そうと決まればB君は部屋の掃除に、残りのメンバーはコンビニでお酒やお菓子の買い出しに向かいました。B君の部屋は少し古い3階建てアパートの2階、6畳半ぐらいのワンルーム。5人で床に座るにはぎゅうぎゅうなので、家主のB君と1年生Dさんがベッド、残りの3人が床に敷いたラグに座ることになりました。

 

そこからの2次会はもうほぼ全員が泥酔状態。2年生C君はふらふらとしながら「酒買ってきます」と言い残して音信不通、B君はなぜか終始上半身裸。Dさんは典型的な千鳥足でトイレに立つなり豪快に転倒。額に大きなたんこぶを作りながら「いたーい笑」とへらへら笑っていました。初めて見る友人の酔いっぷりに衝撃を受けるEさん。お酒の強かったA君でも記憶が曖昧で、いつ眠ってしまったかはわかりませんが気が付いた時にはとっくに夜が明け、次の日のお昼ごろになっていたそうです。

 

B君はその日昼過ぎからバイトだったらしく、A君に「ごめん、鍵はいつものとこ入れといて!」と告げて、足早に家を出ていきました。

 

A君は寝ぼけ眼で「おっけー」と答えながら部屋をぼんやり見渡すと、昨晩失踪していたC君はいつの間にか床でぐっすり眠っており、その影響で横になるスペースがなかったEさんは体育座りで膝を抱えて眠っていたらしく、A君と同じぐらいのタイミングで目を覚ましました。昨晩豪快に転倒していたDさんは、Eさん曰く「親が怒ってるから」と始発で帰っていったそうです。

 

A君とEさんは昨晩の飲み会について「あんまり覚えてないね笑」なんて振り返りながら帰り支度を済ませ、鍵をまだすやすやと眠っているC君に任せて家を出ることにしました。

 

C君を部屋に置き去りにして駅に向かっていた2人だったのですが、アパートを出た後からEさんの様子がどうもおかしい。歩いているうちにどんどん顔色が悪くなり、終いにはブルブルと震えてうずくまって、動けなくなってしまったのです。

 

A君はEさんを歩道の隅に何とか移動させて、訳を聞くことにしました。するとEさんは、止まらない震えを抑え込むようにしながら、ぽつりぽつりと話し始めました。

 

「昨日の夜、Bさんの部屋の隅にすごく気持ちの悪いものを見たんです…。あれは多分、幽霊でした…。

 

あの部屋で普段から寝泊りしているA君はぎょっとしました。Eさんの話し方から嘘や冗談では無いことは明らかでした。A君は恐る恐る、どんな姿だったのか聞いてみました。するとEさんはこう答えました。

 

「女の人です…。髪が長くて口元しか見えなくて…。背がすごく高くて…。それで…。」

 

Eさんは口をつぐみましたが、Aさんが促すと何とか話を続けました。部屋の隅に現れた大女は、肩の位置が天井に達する程背が高く首を横にぐねっと90度に、天井に沿って折り曲げた状態のまま、部屋の様子を見下ろしていたと言うのです。

 

想像を絶する描写に驚きながらも、A君はその大女がいつ現れたのかを尋ねました。

 

「はじめは何もいなくて、部屋の隅に何か黒い影見えた気がしたぐらいでした。でもみんなが酔っ払い始めた頃にふと目をやると急にはっきり見えたんです。私は怖くて、目が離せなくなって、それでDちゃんがトイレに立った時…。

 

Eさんはとうとう泣きじゃくりながら言いました。

 

ドン!って踏んだんです…!歩き始めたDちゃんの足を思いっきり…!そしたらDちゃんは転んじゃって…。それでその女の人は私の方に顔を向けてニタァって、笑ったんです…。」

 

A君は言葉を失いました。幽霊など今まで見たこともなかったのに、普段から通っている部屋でまさかこんな事態が起こるとは。Eさんの語り口には確かに鬼気迫るものを感じました。

 

ですが、A君はにわかには信じきれませんでした。なぜならあの部屋で目が覚めた時、Eさんは何かを怖がる様子を見せなかったからです。

 

A君はその後のことについても詳しく聞いてみることにしました。するとEさんは、そこからは記憶が曖昧で気づいたら寝てしまっていた、さっき起きた時には女のことは忘れていたと言いました。

 

A君は内心ほっとしました。おそらく怖い夢を見たんだろうと。A君が「なんだ」と安堵の表情を浮かべた様子に気づいたのか、Eさんは続けて、B君のアパートの方向を指さしながらこう言ったんだそうです。

 

「でも、Aさんと部屋を出て少し歩いたころ、何の気なしにアパートの方を振り返ったら、塀越しに見えてしまったんです…。長い腕を2階のベランダの柵に伸ばして、這い上がろうとしている大きな女の人の上半身が…。

 

大女が向かっていた2階の部屋は、紛れもなく昨日みんなが泊まっていたB君の部屋だったんだそうです。

 

前提・豆知識

髪の長い女の霊

今回のお話では髪の長さと身長の高さ以外に大女の外見に関する言及は避けました。皆様のご想像と脚色にお任せし、最も不気味な姿を思い浮かべながらお楽しみください。怪談で登場する女性と言えば所謂「貞子スタイル」が一般的ですね。黒髪のロングヘアに白い着物をまとったアレです。「白いワンピースを着た~」というパターンもやや多いかも知れません。なぜ霊の衣装に白が多いかについて突っ込まれることも多いかと思いますが、個人的には葬式の際に故人に着せる「死装束が白いから」なのではないかと考えています。ちなみに死装束の「白」には以下のような意味合いが込められているそうです。

死装束が白い理由は、紅が出生の意味を持つのに対し、白は死を意味すると考えられているからです。また、白は清らかなイメージがあり、綺麗な状態で浄土へ出発してほしいという思いの表れとも言われます。

引用元:死装束の意味とは - はじめてのお葬式ガイド | いい葬儀

 

分析・考察

今回のお話については分析・考察というよりも、A君に聞いた後日談をご紹介しようと思います。それぞれ登場人物ベースでまとめました

 

A君のその後

 筆者にこの話をしてくれたA君。この後部屋にいるC君に電話をかけますが、繋がらず。Eさんが少し落ち着いたところで駅に送り届けました。B君にはバイト終わりにこの話を伝えたのですが、幽霊など全く気にしないというB君はこの出来事を面白がっていたそうです。目の前でブルブルと震えるEさんを見ていた彼は、その後B君の家に泊まることはなかったそうです。(立ち寄ることは何度かあったそうですが、夜は頑なに避けていたのだとか)

 

B君のその後

大女のワンルームの家主、B君。上記の通りこの話を大変気に入り、部屋に友人を招くと必ずその日の出来事を語るようになったそうです。霊の存在については、「信じていない訳でもないが怖いとは思わない」といったタイプで、その後も大女を自らの目で見ることはありませんでした。事件後も大学を卒業するまで約2年ほど暮らし、卒業と同時に引っ越し。

 

C君のその後

A君・B君のサークルの後輩、C君。大女が2階へよじ登っていった際にまだ部屋にいたのではと筆者も動向が気になったのですが、大女に出会うことはなかったそうです。おそらく時間的にA君とEさんが帰った直後ぐらいには部屋を出たとのことで、A君の電話には携帯の充電切れで気づくことが出来なかったそうです。酔うと外に出て徘徊する癖があるそう。

 

Dさんのその後

始発で帰宅した1年生のDさん。話の中で霊と接触してしまった唯一の登場人物。事件後A君たちのいるサークルに入部することはなく、大学でたまに見かける知り合い程度の間柄となってしまったそうです。事件直後に大学で遭遇した際に「あの後何か変わったことはなかったか」と聞いたところ、額に出来たたんこぶよりも右足の甲がすごく痛いと話したのだとか。(大女に踏まれた方の足であるかは不明)

 

Eさんのその後

大女を目撃した同じく1年生のEさん。実はDさんとEさんは同じ学部の友人、という訳でもなく新歓の席で初対面という関係だったそうです。事件後は彼女もサークルに加入することはなく、大学で見かけることもありませんでした。後から聞いた話では2年生に上がる前には退学したらしいとのこと。そのためか、Eさんのことをよく知る友人はおらず、あの夜のメンバーを除いて、存在を覚えている人すらいないのだそうです。A君はEさんについて、4月に開いた新歓のあの日から退学するまで、大学に一度も来ていなかったのではと推測していました。

 

語る際のポイント

6人の登場人物

 今回のお話は登場人物6人の行動を上手く語り分ける必要があり、それぞれに以下のような役割があります。

  • A君:主人公。この体験における語り部。
  • B君:A君の友人。アパートの家主。被害無し。
  • C君:A君の後輩、宅飲みの発案者。被害無し。
  • Dさん:大女との接触者。
  • Eさん:大女の目撃者。恐怖の被弾担当。
  • 大女:恐怖の対象。

各人物についての描写を極力均等に伝えていくことで、聴者に対して「誰が被害に遭うんだろう、どの行動が引き金になるんだろう」緊張感を持続させる効果が期待出来ます。物語の序盤においては特に、聴者に「怖い」と感じさせるための「恐怖するポイント」を予測させないことが重要になります。(物語の中盤~終盤にかけてはむしろ「恐怖するポイント」が迫っていることを覚悟させることで緊張感が増します。)

 

難易度のコントロール

難易度を初級~中級に設定した理由としては、登場人物の台詞の中に「恐怖するポイント」を 入れ込んだ作りにしているため、本文の通りに再現する場合は若干の小演技が必要になると考えたからです。逆に難易度を下げる場合は作中の台詞を全て「事象の説明」に変換すると良いでしょう。例えば以下の通りです。

変換前

「Bさんの家、ここからめっちゃ近いですよね!宅飲みしましょうよ!」

変換後

後輩のC君が、このメンバーでB君の家に行って飲もうと提案してきました。

 

また、登場人物を減らすことで話をよりスリムにすることも可能です。このお話の場合は後輩C君を削っても進行にさほど大きな支障はありません。宅飲みの提案はA君またはB君の発言として置き換えできます。「被害に遭いそうで遭わないキャラクター」が複数人紛れていると(自宅に霊の出たB君が無被害かという議論は別として)聴者の想像に選択肢を与えることができますが、ここは話者ごとの好みとセンスに委ねたいと思います。