人に語りたくなる怖い話

趣味で集めた怖い話・怪談のご紹介と、話の理解や語り方について深めていくための分析録を記しております。

第2話『某スパリゾートの奇談』- 考察と語り方

怖い寝室

【目次】

 

概要

語り尺  :やや短い(5~6分)

知名度  :筆者の友人が体験したお話

難易度  :中級

主な話者 :六穴

 

本文

 

このお話は、筆者の友人が実際に体験したという実話怪談です。

 

大学生の頃、友人はその当時付き合っていた彼女と旅行で国内の某スパリゾートに行ったのだそうです。

 

早朝からレンタカーを借りて某スパリゾートまで向かい、お昼前ぐらいには到着して、それから1日中プールで泳いだり食事をしたりと2人はとても楽しんでおりました。

 

その某リゾートの敷地内にはいくつか宿泊施設が併設されていて、2人がその晩泊まるのは、当時大学生でそこまでお金もありませんから、その中で比較的料金の安い最も古くからあるホテルにしていたんだそうです。

 

 部屋の間取りとしては一般的な洋室といった感じで、入り口から入ってちょっとした通路に沿って風呂・トイレがあり、広めのベッドルームにはセミダブルが2台と部屋の奥に大きなテレビ。それに向かい合う形で小さなローテーブルと一人掛けのソファが2脚。テレビが見やすいからという理由で奥側のベッドが彼女のものになりました。

 

大人から見れば平均的な客室ですが、宿泊代が2人分で8000円程度(朝夕食付き)と非常に安く収まっていたことからも、大学生の彼らにとっては「この値段で本格的なホテルに泊まれる!」と大興奮だったんだそうです。

 

夕食の時間ギリギリまで遊んでいた2人は急いでチェックインを済ませて、すぐにホテルのレストランへと向かいました。ここでの料理もまた絶品で、覚えたてのお酒を嗜みながら楽しい時間を過ごしておりました。

 

食事が終わりほろ酔い気分でレストランを出ると、「次は大浴場だ!」と2人は大張り切り。ですがいざ自室に戻ると、電気も点けずに彼女が自分のベッドへダイブ、そしてそのまま寝息を立て始めてしまったんだそうです。

 

早起きして交互に運転を代わりながら来た旅行でしたし、少し経ったら起こしてあげようと彼女をそのまま寝かせてあげることにしました。彼は、彼女がすぐに目覚めてしまっても可哀そうだと部屋が暗いまま手前のベッドで横になったのですが、同じく疲労の溜まっていた彼でしたので、当然眠りに落ちてしまいました。

 

そしてどれほどの時間が経ったかはわかりませんが、おそらく夜中頃、彼は目を覚ました。

 

しかしその目覚め方が少し奇妙でした。自分が仰向けになった状態のまま、本当に目だけがすぅっと開いて、視界には暗闇の中で真上の天井がぱっと映っている状態。思考も非常にクリアで「こんな起き方したことないぞ」と目覚めた瞬間不気味さに気づく程だったそうです。

 

その瞬間です。

 

「ザ――――――――――――――――――」

 

という音と共に、彼女のベッドのさらに奥側足元方向にあるテレビが急に点いたんだそうです。映っているのはただの砂嵐。奇妙な現象に恐怖を感じた彼でしたが、即座に自分が誤ってリモコンを触ってしまった可能性を考えて、手元・足元をベッドの中で探しました。しかしそれは自分の近くにはありませんでした。

 

彼女の寝相かも知れないと頭だけガバッと起こして周りを探しましたが、リモコンはテレビ前のローテーブルにぽつんと置いてありました。そして誰も触っていないテレビに「音量」の数値が表示がされ、「ザー……ァァァアアア」とどんどんと音が大きくなっていくんだそうです。彼としてはすぐにでもテレビを消したいのですが、状況の不気味さから起き上がることを躊躇していました。

 

すると、部屋に響き渡る砂嵐の他に別の物音が聞こえたんだそうです。はっきりとは聞き取れないものの確かに自分の部屋の中であろう距離感で、人がぼそぼそと呟く声。そして、始めはおそらくトイレや風呂場の方向から聞こえていた声ですが、部屋に敷かれたカーペットを踏みしめる音と共に徐々にベッドルームへ近づいて来るのだそうです。

 

怖くなった彼は、その声が完全に同じ空間に入って来る前にバサッと掛け布団を被り、目だけを少し出して部屋の状況が掴めるようにじっとしていました。

 

するとカーペットで音が吸収された足音が、トス、トス、トスとベッドルームに入り、テレビの方へ向かって行くんだそうです。侵入してきたものの姿はまだ捉えることができません。

 

暗闇の中で煌々と砂嵐を映し続けるテレビ、そして砂嵐と逆光になる形でソファに何者かが腰をかけました。それは紛れもなく人の形をしていました。でも直感で人間ではないと感じさせる「何か」でした。

 

逆光になっている「何か」の影は少しの間、おそらくその大音量の砂嵐を眺めていました。でも彼はその「何か」の頭部が微かに動いていると感じたんだそうです。

 

その動きは「回転」でした。

ゆっくり頭がだけがこちらに振り向こうとしているのです。

 

このままでは気づかれると思った彼ですが時すでに遅く、その「何か」と目を合わせてしまいました。そして彼に向ってとても低く籠った声でこう言ったんだそうです。

 

「なんだ、俺が見えるのか」

 

砂嵐の逆光にある黒い影ですからもちろん顔など見えないはずですが、その時のことについて彼は、そこには確かに「目玉」があったと、「目が合ったんだ」と言いました。

 

霊的な存在に気づかれたことによるパニックで彼は意識を失ってしまい、次に目が覚めた時は、朝食へ行く支度をした彼女に起こされた時だったんだそうです。

 

テレビからあんなに大きな音が鳴っていたのにも関わらず、彼女が目を覚まさなかったことから、彼は昨晩の出来事について「変な夢を見た」と片づけることにしました。彼女を怖がらせたくないため、夢だとしてもそれを話題に出すことはありませんでした。

 

昨晩の嫌な夢が記憶に新しい彼としては、早々にチェックアウトを済ませたかったのですが、タイミングが重なった宿泊客が多かったのか、フロントに列が出来ており非常に混雑しておりました。徐々に列が消化されてくると何やら少し派手めな30~40代ぐらいのカップルがホテル側に対してクレームをつけていることが、この長蛇の列の原因だということがわかりました。男性はかなり大きな声を出しており、女性も神経質に詰め寄っている様子でした。

 

そしていよいよ自分達のチェックアウトを済ませようとした時、そのカップルがこんなことを言ってたのが聞こえたんだそうです。

 

「だから言っているだろ。昨日の夜中、寝ようとしたら突然テレビがついて大音量で砂嵐が流れ続けた。電源を切ろうにも全く消えない。フロントに連絡をしても誰も対応してくれない。朝方テレビが勝手に消えるまで一睡もできなかった。どうしてくれるんだ。」

 

 その2人の持っている鍵の部屋番号を見ると、昨晩あの「何か」を見た自分たちの隣の部屋だったんだそうです。

 

前提・豆知識

某スパリゾート

この施設がどこかについて、筆者は友人から直接聞いておりますが、割と知名度のある施設でした。念のため公表は避けておきたいと思います。

 

古くて安い値段の割に豪華なホテル

大きくは「事故物件」の類に含まれるかと思いますが、値段の割に広い・綺麗・新しい等の宿泊施設や賃貸住宅にはそれなりの理由があります。俗に言う「曰く付き」というやつです。

 

テレビの「砂嵐」

怖い話に度々登場する砂嵐ですが、地デジ放送への移行を以ってテレビから流れることがなくなっているため、「テレビの砂嵐」自体を知らない世代が増えていると言います。筆者の好きな砂嵐に纏わるお話としては以下のようなものがあります。

ある地方テレビ局員が夜勤の時に、局のモニターで暇つぶしに如何わしいビデオを観ていたところ、スイッチャーを誤って操作して本来深夜番組が終了して砂嵐が流れ続けているはずのチャンネルにその映像を流してしまうというミスを犯した。幸いにもすぐに気づくことができたが、直後にクレームの電話がいくつか掛かってきてしまったという。映像が流れたのは本当に一瞬だったのに、すぐにそれを指摘してきたということは、その視聴者達は深夜番組も終わっているような時間帯にだたじっと砂嵐を観続けていたということなのだろうか…?

 

 分析・考察

今回の話は旅行先の古びたホテル・旅館で怪奇現象に遭遇するという、怪談の中ではベーシックなものとして分類されるのではないでしょうか。

 

旅行には、普段とは異なる場所に行き、食事や睡眠をとるという非日常的な体験が含まれており、開放的な気持ちになったり、ストレス発散になるという考え方が一般的です。ただ、そこには慣れない場所という緊張感やストレス、疲労感も少なからず含まれているはずです。

 

そう言ったネガティブ要素が精神面の中で大きくなった時に、目に映るものや聞こえてくる音が不安や不信感、恐怖といった感情にリンクしてくるのだと考えられます。

 

身体的・精神的ストレスを感じた状態で眠った際に引き起こしやすい現象としては、皆様もご存知の通り「金縛り」が挙げられ、以下のような特徴があります。

身体を動かすことができない、話せない、不安や恐怖を感じる、身体の上に何かが乗っているような感覚や誰かが近くにいるような感覚などがあり、ほとんどは数秒から数分の間、麻痺状態になり、通常は自然に回復して眠りに戻るか覚醒する。

引用元: なぜ日本人は「金縛り」に遭うのか(石田雅彦) - 個人 - Yahoo!ニュース

「金縛り」についての考え方は、ただの睡眠障害と不安障害の表れという意見がメジャーであり、それに付随した心霊体験も幻聴や幻覚でしか無いとするのが主流となっております。金縛りを一切経験したことの無い筆者としてもこの意見に賛成ではありますが、心霊現象的な意味合いとして考える意見も実は世界的に存在します。この意見には「目が覚めているのに体が動かない」金縛り派と、「体が動かないという夢を見る」悪夢派に分かれるようです。

 

今回のお話について上記を踏まえると、体が動いたという部分はあれど、とある大学生が彼女との旅行中に、緊張や疲労から睡眠障害に陥り、心霊現象的な幻聴・幻覚を体験した、あるいは悪夢を見たという話でしかないはずなのですが、フロントで聞いたクレームによって、それは覆されることになります。

 

隣のクレームカップルの証言によると、彼らの場合は睡眠中にテレビが付いたという訳でもありませんし、2人でその現象を体感していることからも夢である可能性は低いと考えられます。

 

事象だけ整理をすると、「ある部屋に入った幽霊が自分の存在に気付かれたために隣の部屋に移動した」という話になりますが、果たして真相はどうだったのでしょうか。

 

ホテル側が全く対応をしなかったというのも気になります。夜中から朝まで大音量でテレビが消えないとなれば、もちろん電話だけではなく直接フロントにも文句を言いに行ったでしょう。

 

それでも徹底してクレームを受け付けなかったとすれば、もしかするとホテル側はそういった現象について、ある程度把握していながら敢えて放置しているという可能性もありそうです。だとすれば単純にその部屋の予約を取らずに客を入れなければいいだけの話なのですが、その対応だと事態が収拾しないという何か別の理由が隠れているのかも知れませんね。

 

語る際のポイント

 2話目からいきなり「中級者」レベルとなってしまい恐縮なのですが、筆者お気に入りのため取り扱うことにいたしました。「中級者」に設定した理由は以下2点です。

  • 事象ベースというより、やや物語ベースであること。
  • 効果音表現が必要となること。

登場人物同士の会話劇が出てくる訳ではありませんが、「大学生カップルの1泊2日旅行」について時系列に沿って説明する必要があり、情報伝達の順番が大きく前後すると話に集中しづらくなるような構成となっております。

怪談朗読をされているような方にはおすすめのお話となっておりますので、是非お試しいただければと思います。朗読される際にはご一報いただけますと筆者が喜びます。

 

「物語ベース」な進行

このお話は以下のような順序で進んでいき、それぞれのパートが異なる意味合いを隠し持っています。各パートで説明するべき・納得してもらいたい内容を意識しながらも、あくまで自然に1泊2日の時系列に沿って語れるようにしましょう。

【時系列】

  1. 大学生カップルがレンタカーで旅行
  2. 一日中遊びまくってチェックイン
  3. 夕食直後に寝てしまう
  4. 砂嵐で目覚める
  5. 「何か」に出会う
  6. 嫌な夢だった、いや夢じゃなかった

【それぞれの意味合い】

  1. 登場人物や曰く付きの舞台設定
  2. 怪奇現象の起きる間取り、疲労感の説得
  3. 疲労感の表れ
  4. 事象ベース的な不気味さ(突然点くTV、勝手に上がる音量)
  5. 心霊現象的な不気味さ(人間の形をした「何か」)
  6. 夢でも金縛りでもなく現実である説得

 

聴者に自分事化させる「効果音」

表現力・演技力と呼べるようなものは必要ありませんが、下記の効果音ポイントにおいて、声量の強弱程度の拘りは最低限持って語りたいところです。

  1. 砂嵐と共にテレビが付く音「ザ―――――――――――」
  2. 砂嵐の音量が徐々に大きくなる「ザー……ァァァアアア」
  3. 「何か」がカーペットを踏みしめる音「トス、トス、トス」

1は今までの説明パートからいきなり効果音を入れ込む「突然感」、2は徐々に音が大きくなる「弱→強」、3はボリュームを落としてゆっくりと語ることで「忍び寄ってくる感」が伝わると良いでしょう。

 

 期待したい流れ

このお話を聞いてる聴者は、いくら「実話怪談です」と切り出しても、「夢なのでは?金縛りの幻覚なのでは?」と物語の最終盤まで疑っていると思います。ですが、これはこの話の狙い通りなのです。クレームを言うカップルの存在と出会うまでは、疲労→意図せぬ睡眠→謎の覚醒状態→不気味な「何か」と、敢えて悪夢・金縛りオチがちらつくようなミスリードが出来ていることが理想的です。最後のパートで聴者の持つ「確かに実話だったら怖いけど、そもそも夢の可能性だってあるよね…!」という淡い期待をざくっと裏切ることが、不気味な「何か」との遭遇シーンにも勝る、この怪談で最も恐怖を掻き立てるポイントです。